体が衰えて老後の心配をするのは、日本やオーストラリアに限らず、万国共通です。以前の日本は、家を継いだ家長が親の面倒をみる制度が一般的でしたが、戦後はこの日本古来の制度が破綻し、今では子供は親の面倒をみるどころか、自分たちの生活で精一杯です。老後は十分な蓄えがあり、悠々自適に余生を送れる――こんな理想的な状況の人たちは、残念ながらほんの一部でしょう。
そんな不安な老後を支えるのが年金制度。そして、私が知る限りでは、日本とオーストラリアの年金制度には大きな違いがあります。海外に進出するということは、場合によってはその国に移住する可能性も出てきます。その際に、現役を引退したらどんな福祉を受けられるかも、我々としては気になるところ。今回はそんな “気になる福祉”、特に年金のお話です。
制度の複雑さの弊害――日本の場合
日本とオーストラリアの年金制度はどのように、どれだけ違うのでしょう。まず一番に指摘しておくべきは、日本の年金制度が国際的に見ても非常に複雑であることです。強制加入である国民年金の他に、自営業なのか会社員なのか、はたまた公務員なのかなどによって、年金も厚生年金、共済年金、国家・地方公務員共済などと異なります。さらに配偶者が亡くなった場合には遺族年金・・・ この時点でクエスチョンマークが3~4つ並んでしまいますね。
以前、日本にいる私の知人が年金の受け取りについて近所の某金融機関に相談に出向いたところ、「老後も収入が見込めるので、今のままでは年金が受け取れない。逆に税金が掛かってしまって、65歳を過ぎても税金を払い続けなくてはならない」 と、馬鹿げた回答を受けました。知人は自営業で、基本的には定年退職がないため、65歳以上になっても定期的な収入が見込めます。今まできちんと年金を支払い続けていたのにも関わらず、規定年齢に達してからもそれを受領できないなど、他の国では暴動が起きてもおかしくありません。しかしそれが今の日本の実情です。
私の知人の場合には、専門家に相談して申請等を一任し、彼がしかるべく対処してくれたので、少ないながらも年金を受給できるようになりました。しかし、個人的な意見で恐縮ですが、日本の年金制度は、政府があえて複雑にしているような気がします。
年金はご存じの通り、お年寄りが受け取れる制度です。人間、歳を取れば判断力や理解力が落ちるのは自然の摂理。でも日本の年金制度は、判断力がある成人の人間でさえ受領の手続きが理解できないくらい複雑になっています。「わからない人には年金を払わなくても構わない」 もうちょっと言えば、「年金を払わなくて済むように、わからないぐらい複雑にしている」――穿った見方をすれば、政府がそんなふうに考えているのではと思ってしまいます。
フェアーで明確なオーストラリアの年金制度
それに引き換え、オーストラリアの年金制度はいたってシンプルです。オーストラリアでは被雇用者の年金の支払いは100%企業が負担することになっています。現在は年俸の9%を年金として企業が負担しており、しかも、先ほどオーストラリア議会は、これを段階的に引き上げ、最終的に企業の負担額を従業員の現役時代の年俸の12%にすることを決定しました。年金は直接我々の手元に支払われるのではなく、受給者が指定する年金専用の口座に振り込まれ、年金受け取り年齢である60歳になったら引き出すことができます。シンプルですよね。
しかも日本と大きく違うのが、その間、年金を運用するファンドを各々の任意で選択できる点です。ファンドの種類は多種多様で、受け取り時の年金金額が予定金額よりも大幅に増額される可能性があるが、逆にかなり減額してしまう可能性もあるハイリスク・ハイリターンのプランもありますし、大幅には増えなくても確実に手元に残したいのであれば、ローリスク・ローリターンのプランなどもあります。
いずれにしてもオーストラリアの年金制度が非常にフェアーだと思えるのが、老後には自分が働いたぶんだけ貰えるという点です。また、年金を運用するファンドを自分で選択できますが、増えても減っても、自己判断と自己責任。お上の運用ミスで年金基金が減ってしまい、そのしわ寄せが国民に来る国とは大違いです。「働かざる者食うべからず」 このことわざが当てはまるのが、日本と比べたときのオーストラリアの年金制度の特徴です。
どんな年金文化の下で働くか
では、現役時代に相応の稼ぎを得られなかった者の老後はどうなるのか。住む所も食べる物もない人間を見放すのかといえば、決してそのようなことはありません。若い頃から積み立ててきた年金とは別に 「ペンション」 と呼ばれる老齡年金制度もあり、受給年齢時の財産や収入に応じて国から年金が支給されます。格安で政府所有の住宅に住むことも可能です。以前にその住宅を見学に訪れた際、民間の賃貸住宅とはあまりにも家賃がかけ離れているので驚いてしまいました。つまり安いのです。しかもその立地はといえば、シドニーでもかなり交通の便が良い所ばかり。仕事場近くは家賃が高額で住居を構えられないせいで1時間以上も掛けて通勤している私の同行者は、「はあ~」 と溜息をついていました。
オーストラリアは社会福祉が発達している国で、その財源が政府の財政を圧迫している問題はありますが、客観的に見て、日本よりもオーストラリアのほうが制度が明確で、何よりフェアーです。「フェアーである」 ということがビジネスでどれだけ重要かを思うだけでも、本当に将来移住するかどうかは別として、自分のビジネスキャリアの一部を、年金文化もフェアーなオーストラリアで積んでみる気持ちになる人は、少なくないのではないでしょうか。